経済学批判要約

1998,2  福永   

 ケインズの経済学はそれまでの新古典派経済学に対して二つの大きな変更を試みている。伊東光晴氏の「ケインズ(講談社)」を参考にしながら調べてみよう。
 ケインズ理論の特徴はマクロ経済についての考察であるが、彼は資金需給に関してはそれまでの考えとは違って次のように考えた。総所得(Y)は総賃金(W)と総利益(Π)の和であるが、それはまた消費と貯蓄に分類される。

Y=S+C・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

即ち、社会全体の総所得(Y)は総消費(C)と総貯蓄(S)の和に等しい。年間総投資額は資本の増加額 (G-G0)=J であり、G0 及び G はそれぞれ当初と期末の資本である。また総貯蓄額(S)は総投資(J)に等しい。即ち、

S=δ*Y=(G-G0)=J・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ケインズは所得に対する消費の割合(γ) を限界消費性向と名づけたが、労働者も資本家も貯蓄と消費の割合を同じだとすれば、δ=(1-γ)が得られる。これから、

ΔY=κ*ΔJ、 κ=1/(1-γ)=1/δ・・・・・(3)

ΔJ は原価償却費を上回る投資であり、κはケインズ乗数と呼ばれている投資の所得に対する効果を現す係数であるという。ケインズは景気の拡大のためには J を前年度より増やすこと、即ち政策的な投資の拡大が図られることが必要であるとする。

 ところで総所得( Y ) の中の一部(δY)が資本に追加されることと年間総賃金の増加 (W-W0)と資本 の増加 (G-G0) の関係式は次のように書ける。

(G-G0)=δY・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4-1)

(W-W0)=χ*(G-G0)・・・・・・・・・・・・・・(4-2)

 (4)式を整理すると、G0 と W0の結合による企業内での生産活動の結果として、W と Π(=αG、αは利益率) が生み出されるとする関係を導くことができる。それは次のような式である。

W=(1+δ'χ)W0+(αδ'χ)G0・・・・・・(5-1)

G=(   δ')W0+(1+αδ')G0・・・・・・(5-2)

δ'=δ/[1-δ(α+χ)]

 この関係は個々の企業にとっても、また全体にとっても同じであり、同じ関係式が得られる。この左辺の G は全ての製品が販売されてしまった後の資本と見る必要はない。

 ところで社会全体の総所得 Y は昨年度の総所得 Y0 に対して次のように書ける。

Y={1+(α+χ)δ'}Y0・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

従って、

ΔY=Y-Y0=(α+χ)(G-G0)=(α+χ)ΔG・・・・・・(7)

αとχはともに1より小さく、しかもこの乗数はケインズの理論(3)式とは異なり国民の貯蓄率δに無関係である。即ち(7)式は(3)式とは異なる。

 ケインズは(4−1)式を微分して彼の乗数理論(3)式を作り出した。(4−1)式の左辺は資本の年間増加量であり、右辺は年間の総所得に比例する量である。これらそれぞれを時間について微分すれば、左辺は資本増加量の変化量、即ち資本の二次微分であり、右辺の微分は総所得の変化量に比例する。1年後2年後をそれぞれ下付文字で表すと次の式が求まる。

[(G2-G1)-(G1-G0)]=δ'(Y1-Y0)・・・・・・・・・(8)

従って、(4−1)式の微分から求めた式を資本の増加量に対する所得の増加量の関係式であると解釈するのは正しくない。ケインズの乗数理論に現れる資本の変化量なるものは、通常の意味では資本の年間増加量の変化量でなければならない。別の言い方をすれば、昨年の資本増加を上回る資本増加分と言うことになろう。

 ケインズ理論の第二の柱は、金融市場での平均利子率 r に関するものである。一般的には利子率が上がれば貯蓄率が向上すると考えられている。

ところで此の利子率はなにによって決まるか?この点に関し、ケインズはそれまでの資金の需要と供給によって決まるとする均衡論とは違って、流動性選好利子論と呼ばれる、ある種の人間論を前提とした理論を提起した。均衡論は同時に総ての非消費所得は総て生産に回されるとすることを前提とするが、ケインズの「投資するか他の財貨の形態(例えば現金)でもっているかは個々人が選択的に決定する」という流動性選好利子論では、生産に回らない資金の存在を前提とする事になる。

 では株式債券市場について検討してみよう。今、企業の配当率を ε としよう。一定期間の後に企業の株券(又は債券)はその額面価格の ε倍の利益が投資家に保障されると言う意味である。同じ期間に得られる平均金利を r とすると、株価は額面価格の ε/r 倍となっている。此処で何らかの理由で平均利子率が r からΔr だけ上昇すると予想されるとしよう。即ち近い将来に平均利子率が r+Δr となると予想されるとしよう。株価は下落し、ε/(r+Δr) となるだろう。現在この株券を現金化して得られる現金と、このまま株券を保持し続け、配当率 ε の配当を受け、利子率の上がった後での下落した株券が現す財産の大きさを比較してみると、両者が等しいとき、次のような式が得られる。

ε/r=ε+ε/(r+Δr)・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

左辺は現金化したとき、また右辺は株券のまま保持したときのそれぞれの場合の財産の大きさである。両者が等しいときはどちらでもっていても同じである。此の式から次の関係式を導くことができる。

Δr=r2/(1+r)≒r2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

利子率が少し上昇したとしても、即ち、Δr < r2 である限り、現金で持っているより、株券で持っている方が有利である。Δr がマイナスなら、即ち何らかの方法で平均金利を 下げることができるなら、どのような時でも株券でもつ方が有利となる。これがケインズの流動性選好利子論の基礎にある考えであり、ケインズは利子率のこのような動向に対して、資金の増加によって利子率を下げるようにコントロールする事が景気拡大の方策であるとした。平均利子率に対する政府の政策的介入の根拠とされている。更に追加するならば、一度下げられた金利の水準を二倍に戻すためには、 1/r 年の期間を経てでなければ景気にマイナスの影響を与えるものであることも判る。

平均利子率を下げるための金融市場への政策的介入の方策は、政府による市場での債券の購入であり、そのための銀行券の増発である。債券の価格は上昇し、結果として平均金利は低下すると言うものである。

 
 実際に、高度に発達した資本主義国では、商品市場の他に大きな金融市場が存在している。企業はそこで株券を販売し、資金を調達している。

額面総価格ΔG0 の株券を購入しようとするとき、必要な資金はΔM=(ε/r)ΔG0 である。ΔG0 は株券の全発行額面額のΔG0/G0(=全資産 G に対する割合ではΔG/G )であり、さらに利益は総て配当されるとすると εG0=αG でもあるから、

ΔM=(ε/r)ΔG0=(ε/r)(G0/G)ΔG=(α/r)ΔG・・・・・・(11-1)

ΔM は株券ΔG0 の此の市場での評価額であるが、それはまた資産ΔG の評価額でもある。利益率αの小さい企業の資産は低く評価され、αの大きい企業の資産は高く評価されている。

此の式の積分形は次のように考えることもできる。実際に生産と消費の経済活動に参加している資本は G であり、利益は αG である。これに対応した利益を市場において金利 r で得ようとすれば、必要な資金の総量はその 1/r である。即ち、

M=(α/r)G・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11-2)

 M の総てが現金と言う意味ではない。M は実際に流通している通貨の量に関係し、通貨の発行高は総所得に関係しているであろうが、此処では検討課題とはしない。ところで(11)式において、平均の利益率αが一定の場合、その微分から次の興味ある関係式が求まる。

ΔG/G=ΔM/M+Δr/r・・・・・・・・・・・・・・・(12-1)

一般的に、上式の左辺を資本の年間増加率と解釈すると、ΔG/G=rc>0 であるから、上式の r の年間変化率としては、

Δr/r=rc-ΔM/M・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12-2)

となる。即ち、特別の手当をしなければ(ΔM=0 ならば)平均の金利は年間Δr=rrc>0 ずつ大きくなっていく。

資金 M の年間増加率ΔMc/M が資本G の年間増加率ΔG/G に等しい場合には金利水準も一定に収まる。

rc は国民所得の伸び率ΔY/Y=(α+χ)δ よりは若干大きいが、rc の目安としては所得の伸び率を基準としても大差ない値である。

 (11)式からわかるように、M は実際の経済活動に参加している資本 G の(α/r)倍である。労働力や固定資産さらにその他の流動資産をを含めた資産=資本 G の金融市場での評価額が M となっている。一般的にはα>r であるから M>G である。即ち、金融市場が対象とする資金の総量は実際の資本の総量より大きい。

これらの利益率と利子率の制限は単一の経済圏の中でのことである。国際的な金融市場と連動している金融資本にとってはこれらの制約は強制力を持たない( r は別の要因に支配されている)。国際的な資本自由化の場合には、その国の平均利子率よりも高い利子率の経済圏があれば、特別の障害がなければ資金はそこへ流出していくであろう。結果として自由化された世界の平均利子率は一つの値に収斂する。たとえその値がどこかの国の許容範囲を超えたものであったとしてもである。利子率が低くてもなおもそこに留まっているとすれば、それは金融資本にとっては配当利益を期待してではなく、株価の投機的変動による利益の確保が可能だからである。

 国際金融市場の問題を少しだけ検討しておこう。二つの経済圏を A 、B としよう。それらに共通する通貨が「金」である場合には、1グラムの「金」は経済圏 A では hA の通貨で取り引きされており、 B の経済圏では同じ「金」が hB で取引されている場合である。 それぞれの経済圏の平均の利益率をαA 、αB と書くことにする。それぞれの資本ΔGAとΔGBから得られる利益を評価した資金 ΔMA と ΔMB は(11)式からそれぞれ次のようになる。

ΔMA=(αA/rA)hAΔGA・・・・・・・・・・(13-1)

ΔMB=(αB/rB)hBΔGB・・・・・・・・・・(13-2)

従って、「金」で測って同じ大きさの資本 ΔGA=ΔGB の場合に得られる利益から評価される資金の交換比率と貨幣の交換比率は次の様に現される。

(ΔMB/ΔMA)=(αBA)(rA/rB)(hB/hA)・・(14-1)

また、「金」で測って同じ大きさの資金ΔMB/hB=ΔMA/hA で買うことのできる商品はそれぞれの経済圏では同じではなく次のようになる。

(ΔGB/ΔGA)=(αAB)(rB/rA)・・・・(14-2)

資本の自由化によって、それぞれの利子率は rB≒rA≒r となるであろうが、平均利益率の異なる(αB≠αA)経済圏の間では資金の交換率は貨幣(商品の一種)の交換率に一致しない。利益率の高い経済圏の資本は資金市場では資金としては実際以上に高く評価され、低い利益率の経済圏の資本は実際以上に低く評価される。従ってまた(14−2)式の示すように、国際金融市場(国際為替市場)で交換された資金によっては、前者では「金」で測って交換されるよりも少ない貨幣又は商品が、後者ではより多くの貨幣又は商品が得られる。

 (11−1)式は資本ΔG の資金による評価ΔM がそれぞれの企業の利益率αに依存していることを表す式であるが、他方で(11−2)式を経済圏全体での総資金と総資本の関係と解釈すると、二つのA 、B 両経済圏における総資金と総資本の比 M/G ついての比は、

(MB/GB)/(MA/GA)

=(αBA)(hB/hA)(rA/rB)・・・・・・・・・(15)

となる。左辺の分母分子それぞれはそれぞれの経済圏での全体としての商品の価格に比例したものであろうから、株価の急激な変動と同じ様な急激な変動は困難であり、他の商品の価格の変動を越えては大幅に変化することができない。従って右辺のαの比とhの比の積 は株価の変動に対しては半固定的で、両者は反比例の関係にある。つまり利益率の下落は株価の下落であり、その国の通貨の国際為替相場における下落( h の比の上昇)となる。利益率の予想値の上昇は株価の上昇となり、通貨の上昇となっていく。この場合の h はもはや「金」に対する通貨の大きさを示す「金」の価格から、資本に対する利益率のバロメータに変質しているのである。

 「金本位制」の経済圏では、その圏内での金属としての「金」の年間増加率と経済の拡大率が一致しない場合には(多くの場合がそうであるが)「金」と貨幣の交換比率 h を一定とする事ができないために破綻する。「金本位制」をとらないとしても他の経済圏との為替レート hB/hA を一定とした場合にも、それは両国の資金の交換の場である国際為替市場での実際の交換比率に一致しないのが普通である。これは通貨が商品の「共通の交換物」としての役割と生産に投下されたときに利益を生む「資本」としての役割の二つの役割を持つことの矛盾である。此の矛盾はそれぞれの経済圏の利益率(多くの場合に予想値又は期待値)に差があることの結果であり、此の矛盾(「商品の交換率」と「資金の交換率」が等しくないこと)は世界が単一の通貨圏となったとしても、個別の地域や産業による資本利益率の格差αB≠αA が存在する限り続く資本主義経済の避けることのできない矛盾の一つである。

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